大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成4年(行ウ)21号 判決 1994年1月31日

京都市下京区朱雀分木町市有地

中央市場内

原告

てんぐや食品社株式会社

右代表者代表取締役役

増井健治

右訴訟代理人弁護士

加治和

京都市下京区間之町五条下ル大津町八番地

被告

下京税務署長 小笠悌董

右指定代理人

山口芳子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告の昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの事業年度(以下、本件事業年度という)の法人税について、被告が、平成元年三月三一日にした更正処分及び重加算税の賦課決定処分のうち、別紙1の「原告の主張」欄記載の金額を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、被告のした本件更正処分に、固定資産売却益及びこれに基づく土地譲渡利益金額を過大に認定した違法があり、これに対応する重加算税は、原告に脱税の意図がなく、その賦課要件も欠いているとして、本件更正処分及び重加算税の賦課決定処分の一部取消を求める抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、食料品加工販売を業とする資本金一五〇万円のいわゆる白色申告法人であって、法人税法二条一〇号に規定する同族会社である。

原告は、被告に対し、本件事業年度の法人税確定申告書(以下、本件確定申告書という)を、昭和六三年九月五日(法定申告期限後)に提出した。

原告の提出した本件確定申告書では、所得金額を欠損金額六〇八万九七六八円としている。

2  これに対し、被告は、原告の本件事業年度の所得金額が八、五〇九万三、四二六円であるとして、国税通則法(以下、通則法という)二四条に基づき平成元年三月三一日付で本件更正処分を行った。

右課税の経緯は、別紙2記載のとおりである。

3  原告の本件申告書添付の決算報告書中損益計算書(以下、本件損益計算書という)に記載されている当期利益金は、欠損金六〇〇万〇七五一円である。しかし、本件損益計算書の記載内容には誤りがあり、「固定資産売却益」欄及び「当期利益」欄以外の欄の正当な金額は、別紙3の「被告主張の額」各欄記載のとおりである。

4  また、本件確定申告書別表四「所得の金額の計算に関する明細書」記載の金額にも誤りがあり、正当な申告調整額は、別紙4の「被告が主張する金額」欄の<2>ないし<9>及び<11>欄記載のとおりである。

5  原告は、昭和五六年一〇月六日、訴外黒川喜市ほか一四名から、京都市中京区河原町四条上ル米屋町三八四番地三の土地四二・九〇平方メートル(以下、本件土地という)及び同地上の木造瓦葺二階建店舗(家屋番号三八四番三)床面積一階四一・一六平方メートル、二階二七・四四平方メートル(以下、本件建物という)を買い受け、同年一二月八日所有権移転登記を経由した。

6  原告は、右売買代金のうち、本件建物代金を五〇〇万円として会計処理を行った。そして、原告は、直ちに一二〇〇万円を投じて本件建物の内部を改装した。

7  原告は、昭和六一年七月一〇日、株式会社愛晃に対して、本件土地建物を一億三〇〇〇万円で売却した。

本件土地建物の売却時の本件建物の減価償却費は、六二七万八四二二円である。

8  原告の本件事業年度における土地の譲渡等に係る譲渡利益金額については、租税特別措置法(昭和六二年法律第一四号による改正前のもの)六三条(土地の譲渡等がある場合の特別税率)(以下、措置法といい、さらに措置法六三条に基づき算出された税額を、土地重課税という)が適用される。

9  原告は、右7のとおり本件土地建物を一括して、一億三〇〇〇万円で譲渡しているが、本件土地部分の譲渡価格は、譲渡時の時価相当額の一億二五三七万五二五〇円である。

四  争点

1  本件土地建物の取得価額

2  本件事業年度の固定資産売却益の額及び所得金額

3  土地重課税算定の基礎となる土地譲渡利益金額

4  重加算税の賦課要件の存否

五  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 本件土地建物の取得価額は七八〇〇万円である。

(二) 本件事業年度の固定資産売却益の額は、四六二七万八四二二円である。

その金額は、本件土地建物の売却金額一億三〇〇〇万円から、以下の譲渡原価八三七二万一五七八円を控除した金額である。

譲渡原価は、本件土地の売却時の原価七三〇〇万円に、本件建物の売却の原価五〇〇万円と本件建物の改装費一二〇〇万円を加算し、本件建物の減価償却費六二七万八四二二円を控除した金額であって、差引合計金八三七二万一五七八円となる。

(三) 本件事業年度の所得金額は、四二八八万八八六二円である。

右固定資産売却益を基に計算すると、本件事業年度の所得金額は、右の金額になる。

(四) 土地重課税算定の基礎となる土地譲渡利益金額は、一八三〇万八五八五円である。

右金額は、本件土地譲渡に係る収益の額一億二五三七万五二五〇円から、本件土地譲渡収益のに対応する原価額 (本件土地の取得原価)七三〇〇万円と直接又は間接経費の額(措置法施行令三八条の四第六、七項により計算した金額)三四〇六万六六六五円を控除した金額(計算関係は別紙5の「原告の主張する金額」欄参照)である。

(五) 原告が、右固定資産売却益を本件損益計算書に記載せず、原告代表者から仮受金処理したのは、代表者の税知識が不足し、帳簿上発生した過大な売却益の解消方法が分からなかったためである。脱税の意図はなく、売却益はないものと考えていたのであるから、仮受金処理のまま本件確定申告書を提出したことは、通則法六八条二項にいう「隠ぺい、仮装」には当たらない。

2  被告

(一) 本件土地建物の取得価額は、四〇〇〇万円である。

(二) 本件事業年度の固定資産売却益の額は、八四二七万八四二二円である。

その金額は、本件土地建物の売却金額は一億三〇〇〇万円から、以下の譲渡原価四五七二万一五七八円を控除した金額である。

譲渡原価は、本件土地の売却時の原価三五〇〇万円に、本件建物の売却時の原価五〇〇万円と本件建物の改装費一二〇〇万円を加算し、本件建物の減価償却費六二七万八四二二円を控除した金額であって、差引合計金四五七二万一五七八円となる。

(三) 本件事業年度の所得金額は、八八〇九万三四二六円である。

右固定資産売却益を基に計算すると、本件事業年度の所得金額は、別紙4記載のとおり、右の金額になる。

(四) 土地重課税算定の基礎となる土地譲渡利益金額は七四〇四万一九一八円である。

右金額は、本件土地譲渡に係る収益の額一億二五三七万五二五〇円から、本件土地譲渡収益に対応する原価の額(本件土地の取得原価)三五〇〇万円と直接又は間接経費の額(措置法施行令三八条の四第六、七項により計算した金額)一六三三万三三三二円を控除した金額(計算関係は別紙5の「被告の主張する金額」欄参照)である。

(五) 原告は、本件土地建物の売却によって生じた固定資産売却益を益金に計上せず、これに相当する金額を代表者からの仮受金(負債勘定)として計上したり、土地勘定を過大に減算するなどして不実の記帳を行った。

そして、所得金額を過少にした上、右所得金額に基づいて、申告期限後に本件確定申告書を提出するに及んだものであり、かかる行為は、通則法六八条二項にいう(国税の課税標準等又は税額等(以下、税額等という)の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき法定申告期限後に納税申告書を提出していたとき」に該当する。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件土地建物の取得価額)について

1  本件土地建物の売買契約書は、二通存在している。一通は、代金額七八〇〇万円の契約書(甲九)で、他の一通は、代金額四〇〇〇万円の契約書(乙三)である。

原告は、甲九の契約書が正当であり、本件土地建物の取得価額は七八〇〇万円であると主張し、原告代表者もこれに副う供述をしている。

一方、被告は、乙三の契約書が正当であり、本件土地建物の取得価額は、四〇〇〇万円であると主張する。

2  そこで、二通の契約書について検討する。甲九の契約書によると、手付金は一〇〇〇万円で、本件土地建物の引渡日は昭和五六年一一月三〇日までとされており、特約事項の記載はなく、収入印紙の貼用もないうえ、売主欄の黒川喜市の印影は、いわゆる三文判によるものである。

他方、乙三の契約書によると、手付金は二〇〇万円で、本件土地建物の引渡日は、二か月以上も先の昭和五六年一二月八日とされている。そして、特約事項として、買主は、昭和五六年一一月六日より本件建物の改装に着手できるが、工事中の火災や近隣に対する不都合が発生すれば、買主が責任を負うとされている。また、特約事項中に一字訂正がなされ、売主、買主双方の訂正印が押捺され、二万円の収入印紙も貼用されている。売主黒川喜市の印影は、登記権利證(登記済証・甲八)に押捺されたものと同一であり、実印によって押捺されたものと認められる。

3  そして、本件土地建物の売却を仲介した証人伊澤宏は、こういう。「乙三の契約書が正当であり、甲九は、銀行から融資を得るために銀行提出用として作成された。引渡期日を二か月先としたのは、売主の一人がアルゼンチンに在住しており、その署名を得るのに時間を要したしためである。特約事項は、買主に引渡前の改装工事を認めたことから、そのトラブルに対処するため定めたもので、訂正印もわざとタイプミスをして押捺したものである。」と供述している。右供述は、詳細かつ具体的で、原告代表者の供述に比して、信用することができる。

4  これらの事実に、「別紙契約書は、原告代表者の依頼により、金融機関への提出書類として、伊澤宏が作成したもので、事実の契約書ではない」旨の念書(乙八)の存在を併せ考慮すると、原告が銀行から融資を得るために、実際の取引価額よりも高額の契約書が、銀行提出用に作成されたことがうかがえる。

5  そして、原告は、乙三の契約書に定められた本件土地建物の引渡日(残代金支払日)である昭和五六年一二月八日に、三和銀行京都駅前支店から、七〇〇〇万円の融資を受け(甲七)、同日、本件土地建物に所有権移転登記が経由された(争いがない)ことが認められる。

6  以上の事実を総合すると、乙三の契約書が正当な契約書であって、甲九の契約書が、銀行融資用に作成されたものとみるのが相当である。

7  原告は、伊澤宏が、本件土地建物の売値として九三〇〇万円の新聞広告(甲一三)をしたことや、当時の本件土地建物の時価は、八三七四万一〇〇〇円であるとする鑑定書(甲一九)を提出して、甲九の契約書が正当であり、乙三は、売買代金を圧縮するために作成されたものであると主張し、原告代表者はその旨を供述する。

しかし、右新聞広告の九三〇〇万円は、河原町通りに面した土地の価額の風評を基にしたものであり、河原町通りから東に入った路地の奥にある本件土地の価額を正しく反映したものではない。また、鑑定書は、私的鑑定であるうえ、結論として一平方メートル当りの比準価格に本件土地の面積を乗じて算出したもので、本件の取引実態を正しく表しているものとは認められない。

もっとも、本件土地建物の買入にあたって、原告がその主張のとおり、買入価額を圧縮し、これを真実らしく見せるため、その契約書(乙三)には実印を押し、正規の契約書(甲九)には三文判を押したり、これを融資用の増額仮装分と取り繕うためその旨の念書(乙八)を作成したり、銀行から同額の融資を起こすということも全く有り得ないものではない。しかし、このような巧みな手の込んだ仮装が行われたとすれば、これを租税回避のため行った原告が、他方でこれを否定して本件租税を免れようとすることは、租税法上の信義則に照らし許されない。それのみならず、原告は、自らの作成した前示契約書(乙三)、念書(乙八)などに縛られ、これが架空のものであることを示す的確な裏付証拠を持っていない。

結局、原告の挙げる右各証拠は、前示認定事実とこれに供した各証拠、弁論の全趣旨に照らして、採用できない。

8  以上のとおりであるから、本件土地建物の取得価額は、四〇〇〇万円と認められる。

二  争点2(本件事業年度の固定資産売却益及び所得金額)について

1  本件事業年度の固定資産売却益

本件土地建物の取得価額は、右のとおり四〇〇〇万円である。そして、本件建物の取得価額は五〇〇万円であるから(争いがない)、本件土地の取得価額は、三五〇〇万円である。

本件事業年度の固定資産売却益の額は、本件土地建物の売却金額から、譲渡原価(本件土地建物の売却時の原価に本件建物の改装費を加算し、本件建物の減価償却費を控除した額)を控除して算出する。

本件土地建物の売却金額が一億三〇〇〇万円、本件土地建物の売却時の原価が四〇〇〇万円、本件建物の改装費が一二〇〇万円、本件建物の減価償却費が六二七万八四二二円であることは、いずれも争いがないから、本件事業年度の固定資産売却益は、被告主張(別紙3参照)のとおり、八四二七万八四二二円である。

2  本件事業年度の所得金額

本件事業年度の固定資産売却益を八四二七万八四二二円として、本件損益計算書の誤りを訂正し(前記前提事実3のとおり争いがない)当期利益を計算すると、被告主張(別紙3参照)のとおり、八八〇三万四八九三円となる。

右当期利益の額に、別紙4の「被告が主張する額」欄記載の申告調整(その額は争いがない)を行うと、原告の所得金額は、被告主張(別紙4参照)のとおり八八〇九万三四二六円となる。

三  争点3(土地重課税算定の基礎となる土地譲渡利益金額)について

土地譲渡利益金額は、土地の譲渡による収益の額から当該収益に係る原価の額及び直接又は間接に要した経費の額として政令(措置法施行令三八条の四第六項及び七項)で定めるところにより計算した金額を控除した金額をいう(措置法六三条二項、措置法施行令三八条の四第四項ないし第八項)。

本件土地の譲渡による収益の額が、一億二五三七万五二五〇円であることは争いがない。そして、本件土地の原価の額は、前認定のとおり、三五〇〇万円である。右土地の原価の額を基に、措置法施行令三八条の四第六項及び七項に従い計算すると、法定の負債利子の額は九七九万九九九九円となり、法定の販売費及び一般管理費の額は六五三万三三三三円となる。

したがって、土地譲渡利益金額は、被告主張(別紙5参照)のとおり、七四〇四万一九一八円となる。

四  争点4(重加算税の賦課要件の存否)について

原告は、本件申告書添付の固定資産の内訳書に、本件土地建物の処分の事実と処分価額を一億二七〇〇万円と記載しており(乙二)、総勘定元帳に、本件土地建物の譲渡代金一億三〇〇〇万円本件土地の取得費七三〇〇万円本件建物の取得費一〇七二万一五一八円と記帳し、本件土地建物の売却差益を原告代表者からの仮受金として処理していたことは、争いがない。

してみると、原告は、銀行融資用に作成された契約書(甲九)記載の契約金額(七八〇〇万円)を、本件土地建物の正規の取得価額であるとして、本件土地の取得費を、実際の取得費三五〇〇万円よりも過大に帳簿に計上したうえ、譲渡利益も資産(益金)に計上せず、負債(損金)勘定科目である仮受金として処理したままで、本件確定申告書を提出したことになる。

したがって、通則法六八条二項にいう税額等の計算の基礎となるべき本件土地の取得価額を仮装し、処分による利益を隠ぺいしたということができる。そして、これに基づいて法定申告期限後に本件申告書を提出したのであるから、右固定資産売却益の部分に関し、原告に対し、重加算税を賦課することは、正当である。

原告は、右固定資産売却益を本件損益計算書に記載せず、原告代表者からの仮受金として処理したのは、代表者の税知識が不足し、帳簿上発生した過大な売却益の解消方法が分からなかつたためであり、脱税の意図はなかったと主張する。

しかし、重加算税の主観的賦課要件は、税額等の計算の基礎となるべき事実を仮装、隠ぺいする旨の認識があれば足り、脱税の意図を必要とするものではない。原告は、過大な売却益の解消のため、代表者からの仮受金処理を行ったというのであるから、それ自体、隠ぺい行為に該当することは明らかであり、右主張は採用できない。

第四結論

以上のとおりであるから、原告の本件事業年度における所得金額及び土地譲渡利益金額は、被告主張のとおりである。また、重加算税の賦課要件にも欠けるところはない。そうすると、右金額の範囲内でなされた本件更正処分及び重加算税の賦課決定処分は適法であり、これに違法な点はない。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 河村浩)

別紙1

<省略>

別紙2 課税の経緯

<省略>

別紙3

原告の損益計算書と被告主張による損益計算書の対比表

<省略>

別紙4

原告の申告調整額と被告主張の申告調整額の対比表

<省略>

短期所有土地等の譲渡等に係る譲渡利益金額に対する税額等の計算(措法63、旧措法63)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例